“ひとり焼肉 in 鶴橋”〜“フィールドワーク”
“9連休”とか聞くと殺意を覚えます。
カレンダー通りのたーじんです。
休みと言っても金欠なので飛田に行けんぞ。
仕方が無いので兎我野あたりで手打ちか…。
つっか、
どんだけ“お土産”覚悟で安い店行くつもりだよ。
とりあえず、
“小坂めぐる”のDVDを環境ビデオの様に流して、
悶々としつつ部屋の掃除でもしとけってか…。
んな分けにはいかんので、
本日、
今、俺の中で一番盛り上がっている、
【大阪砲兵工廠(おおさかほうへいこうしょう)関連の場所】
をフィールドワーク2回目。
鶴橋で“ひとり焼肉”後、
環状線沿いを京橋を目指してスタート。
途中、看板を数店撮影。

かなり珍しい“Dr.マーチン”のスポーツライン

半濁点な店

喫茶でん
森ノ宮近辺から気合いを入れ直して第二スタート。
アパッチ族が鉄を盗む為に渡ったとされる今は亡き“猫間川”巡り。

猫間川抽水所

JRの車両基地内の盛り土とOBP(大阪ビジネスパーク)

JRの車両基地内の石造りの古い建物
猫間川巡りを終え、大阪城公園に。

羽柴秀吉なら大喜びする住所
テクテク歩いていくと、
天守閣の前に古い建物。
“旧第四師団司令部”。
俺の小学校当時は“大阪市博物館(現在は移転閉鎖)”だったので、
社会科見学で普通に建物に中に入ってました。
館内の“独特の空気”と“義眼の展示”は鮮明に覚えてます。


ナイスフォルム!!

建物裏側の丸い窓のステンドグラス
西の丸庭園を通り過ぎテクテク歩くと、
石垣から出ている巨大なパイプライン。
『地中の廃墟から—「大阪砲兵工廠」に見る日本人の20世紀 河村 直哉・著』によると、
1895年(明治28年)の大阪砲兵工廠製作らしい。
今まで表面の錆取り、塗装はしているものの、
パイプ自身は一度も破裂していないという。屈強だ。
この写真を撮ろうと立ち止まった時、
「あのパイプは見栄えが悪いな〜。歴史的な建物が台無しだな〜。」
後ろの老夫婦が話してました。あれも歴史なのに…。

大阪城の京橋口に到着すると、
崩壊寸前のレンガの壁が。

で、ありました。
“大阪砲兵工廠の碑”

大阪砲兵工廠正門(京橋門)を入ってすぐ右手に、
崩壊寸前の煉瓦作りの“守衛所”

少し歩くと右手に大きな石…?に見えますが、
鉄の固まりだそうです。大砲造ってましたからね。
当時煮えたぎる鉄の中に人が転落したという。
この鉄の固まりがそうらしい。
供養の意味もあってか、
そのまま放置されているという話です。

大阪砲兵工廠正門(京橋門)の左手に、
またまた古い建物が。
“旧化学分析場”の入り口。石のアーチ門と蔦。

“旧化学分析場”です。
蔦の絡み具合がたまらんです。
今は駐車場になってました。


最後に片町近辺、寝屋川沿いをテクテクと。

天守閣と旧化学分析場
追伸:運動不足の俺には良い運動だ。







